You are special to me.
潜り込んだベッドの上で見つけた獲物を逃さない。嫌だ、やめての言葉は聞き飽きた。ウェルダーは不満を抱えている、関係性に名があっても納得できない。ほんの、ささいな差だった。照明のオレンジみたいに蒸気する頬に手を触れて、たとえばを考えている。
「ルリアよりオレが先にお前と出会っていたら、いつもそんなことを考えてた」
告白する、愛ではない。愛だったらもう少しだけきれいなはずだ、歪な愛を彼は知らないはずだった。ルリアという少女だが、ウェルダーの下でもがいている青年の半身のようなものである。星の民の子孫だとか。本人すらよくわかっていないようだが、とにかく理屈で説明がつくような存在ではないことだけがたしかなのだ。
ウェルダーが青年と出会う、時にすれば一日どころか半日前の出来事だったらしい。帝国兵に追われ、命を落とすはずだった青年の魂は少女ルリアと合体して文字通りの運命共同体となったのだと。
しかしそれを知ったのはつい最近の話だ、付き合いなら団の中では(ビィは例外だ、付き合いが長いどころの話ではないのだから)カタリナやルリアに次いで長いはずなのにだ。ウェルダーが許せなかったのは、そんな事実故なのだろう。
「言ったら信じてくれたの?」
「言わなきゃ信じるもの信じないもないだろ」
まったく正論だ。にわかには信じ難い話だけれど、恋仲の自分はそこまで信用が無かったのかと憤慨している。しかしそれを打ち明けられ、大変だったとかありきたりな言葉を掛けられたらよかったのにと思う。結果はそうではなく、二人の特別な関係性に醜く嫉妬するばかりだったのだ。
魂を共有する二人は、どちらかが死ねばもう一方も同じ運命を辿るだろう。吟遊詩人が語らう恋物語ですら、こんな悲劇的な話はない。自分だって、彼がいなくては死んでしまいそうなくらい愛している。けれども実際、彼が死んで果てるのはウェルダーではなくルリアだ。少しの差で青年と出会った、彼とは同じ団に属する仲間に過ぎないルリアである。
「お前が誰よりもルリアを気遣っていたのは、そういう理由だったんだな」
「そうだよ、俺だってまだ死ぬ訳にはいかない。親父と会うため、空の果てを目指すために。それが不満なの?でもどうにもならない、だったら俺はあの日に死ねばよかったのか?」
幾多の危機をくぐり抜けてきたウェルダーとて、死を体感したことはない。けれど目の前の青年は一度、その命を落としている。冷たく、終わりしかない死を経験しているのだ。言いたいのは、死ねばよかったなんてそんなことではない。ただ少しの差で彼の特別になれなかった自分とルリアを比較してしまうのだ。
「俺が信じられないの?キミは、俺の特別だよ。仲間になってくれたあの日に見せてくれた、自信に満ちたキミはどこにいるの?俺は、そんなキミだから好きになったのに」
「グラン……」
ウェルダーを見つめ返す瞳はやがて潤む。それを誤魔化すように首へ手を回し、苦しいくらいの抱擁を与えた。信じて、弱々しく
吐かれた言葉を簡単に飲み干せるほど自分はまだ大人ではないのだろう。
「キスしたら信じてくれる? それで足りないなら、何度でも俺をキミにあげるよ」
甘過ぎて溶けそうなほどの誘惑だ、交じり合うことでしかグランを独占できない。心が上手く通わないような気がした、眠ってしまったかつての友のようにも感じられる。
ウェルダーの油気の少ない長髪に手が差し込まれ、背にそっと指を立てられた。ルリアはこんなグランを知らないだろう、こんなことで優越を感じる自分が愚かだなんてわかっていた。せがまれて、唇に自らを重ねる。探り当てた舌が絡み、粘度を増して行く唾液は執着と呼ぶにふさわしい。
「ん、」
離れたところから滑り落ちる糸さえ、彼から出たものだと理解しているから逃したくないとまた口を塞ぐ。そんな繰り返しだ、これではいつまでも貪るだけだろう。どこかで終わりを決めなければ、しかしグランの短い髪をさする手よりも先に彼の方からウェルダーを手放したのだった。そうしてまたお互いの表情がよく見えるようになり、気まずさから漏れた言葉は剥き出しの本音だったことだろう。
「グラン。悪かった」
「……俺もね、キミがジェイドのことを話す度に似たことを考えてたんだ。いいんだよ、キミも俺も同じなんだね」
生きている以上、関係はお互いだけではなく仲間や家族や友など関わった縁の数だけ存在する。グランもウェルダーが語る、会ったこともない存在に嫉妬したのだろう。不謹慎にもそれが愛らしいと感じた。
ジェイドは友でそれ以上のものではない。けれどもグランとジェイドを比べても、どちらが一番だと簡単には決められないだろう。グランにとっても、ルリアとウェルダーを同じく比較し、どちらが一番だなんて確定することはとても難しい話だ。
「みんな大事だよ。でもこうして寂しくなって抱き締めて、キスしてほしいと思うのはウェルダーだけだよ。ね、それじゃダメかな?」
それだけできっと、充分だ。そう告げてウェルダーはグランを抱き寄せた。安宿の一室には、やがて朝日が差し込むだろう。あなたはわたしの、あいするひとだから。そんなかわいい嫉妬さえも許してあげましょう。